瞬間湯沸器2.0
さてさて,またしても一年弱振りぐらいのエントリーですな。
この間に東日本大震災の爪跡が当事者以外からはすっかり忘れさられ,被害が無かった人々には日常が,復興特需に与った人々には非日常が,ダメージだけの方々には地獄の日常が続いていることでしょう。
それはさて置き(本当はさて置いちゃいかんのですが・・・),今更ながらに古めかしい言葉「瞬間湯沸器」なんてものを引っ張り出して来たのは,最近の世論形成の有り方が些か不健全な方向に走っているなーと,不肖死にぞこないめですら感じ入ってしまう事が多い過ぎるため,警句というか思いつきというか愚痴のようなものを垂れ流したくなったが故です。
少し前に一般意思2.0(てか,今時X.0もないよな)なるものが耳目を集め,ICTがルソーの時代から発展した今様の意思形成プロセスであるだの,逆に2ちゃんに代表されるように,意思の垂れ流しと馴れ合いによる愚民化を助長しているなど,適当なことを言い放っている人がクローズアップされていたのは記憶に新しいところ。
その真偽はどうでもいい,と言うか,一般意思自体が“理性的な近代市民”という幻想の上に立脚しているものである以上,2.0どころか1.0ですら胡散臭い。社会心理学とかのスタンスだと,たぶん認めないんだろうね。
で,それはいいんだけど,意思形成プロセスがICTにより飛躍的進展(退化?)を遂げたという点は今回の核心なので,よく覚えておいてください。(試験に出るよ!)
馬鹿発見器(mixiとかtwitter)やここを始めとする与太ブログ,Yahooニュースのコメント投稿欄など,何か発信しようとすれば事欠かない,というのは今更の話。検閲どころか校正も入らないため,個人の思想信条どころか思いつきやヤッカミに嫉妬,愚痴など垂れ流し放題。
ここで問題なのが,社会のモラルや規範と,個人の感性や感覚とは大きな隔たりがあるということ。君が代問題にも見られるように,社会として許されない行為や思想の表明は厳然とあり,その範疇を逸脱するなら私的テリトリー,つまりはチラ裏でやってろと言うこと。(表現の自由は思想の自由よりもパブリックな存在です。日教組の方々,勉強しましょう!)
これが,先述のICTのお陰というかICTのせいで,個の領域と公の領域がクロスオーバーしてしまい,私的な意見(チラ裏)が公に流れ込んできているのが現状なのですよ・・・。
これの何か問題かと言うと,そして瞬間湯沸器とどう関係するのかと言うと。。。。。。
長文になったので次回に続く(´・ω・`)

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